山口県山口市の信光寺 浄土真宗本願寺派/西本願寺 濟波山

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信光寺ウォッチング

信光寺ウォッチング

(10) 帳 場 台

帳場台

11月の永代経法要にお参りになった方は、すでにお気づきだろう。法要時に御法礼の受付をする帳場台が一新した。
今までの帳場台は明治時代に東津の有志の方々が寄進してくださったもので、重厚な作りで味わいがあった。しかし、時代の流れで、本堂のご参詣の方々も全員椅子席となり、交代で帳場を担当して下さる本部総代さんの中にも正座が難しい方々があり、椅子席の要望の声が出てくる。また、スタンプカードの制度を始めて、スタンプ押印のための受付も必要となってきた。
そこで、本部総代の一員でもある岡﨑木材工業株式会社の会長さんの岡﨑市郎さんに一肌脱いでいただく事になった。
本堂の雰囲気にふさわしいものをと熟慮され、周囲に結界(縦格子)をめぐらしたデザインだ。天板は、福岡で見つけて来られた見事な欅の一枚板を2分割して使ってある。今後使えば使うほど、天然木だからこその味わいが深まっていくことだろう。合わせて、座面が畳の椅子を4脚作っていただく。  お参りになる方々を「ようこそようこそ」と温かく迎える帳場台。どうかこれから末永く、信光寺の歩みを見守りあれかし。

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(9) 和 蝋 燭

和蝋燭

 写真は今年1月の御正忌報恩講での御本尊・阿弥陀さまの尊前のお荘厳のアップ。明々とゆらめく炎は、私の心の闇を破り、お浄土への道を照らしてくれる。この美しい炎も、ハゼの蝋のみで作った純植物性の最高級品だからこそ。
和蝋燭は、ハゼの実から搾り取った木蝋をイグサと和紙から作った芯に塗り重ねて作られ、断面が年輪状になっている。
信光寺では、京都駅近くの和蝋燭専門店「丹治蓮生堂」に注文。ご主人が丹精込めた手作りのものを納品してくださる。阿弥陀さまの尊前の蝋燭は重さ80匁(300グラム)、高さ21センチ、直径6.5センチという大きさだ。
門信徒の方々がお供え下さる御仏前、供花料、お賽銭等を「荘厳会計」として別会計にして、いつも最上のお蝋燭・お香・お華をお供えしている。お蔭さまで有難いことだ。

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(8) 懸魚と六葉

懸魚と六葉

 信光寺の本堂の屋根を横からご覧になったことはおありでしょ うか? 屋根の妻側の三角形の部分に妻飾りが施され、なかなかの美しさ。真っ青な空を背景に見るもよし、月明かりに照らされた姿を見るもよし。意外と気づ かずに見過ごしてしまいがちだが、墓地の側からじっくりと見上げていただきたい。
「懸魚(げぎょ)」は仏閣や神社に特有な妻飾りで、破風板に吊り下げてある。火に弱い木造建築を火災から守るため、水に縁のある魚の形をした飾りを屋根 に懸けたのが始まりと考えられる。魚の身代わりとして屋根に懸けることが「水をかける」という意味にも通じ、これが魚に由来する呼び名の語源ということ だ。
破風板の頂部分に取り付く「拝み懸魚」と、破風板の途中に取り付く「降り懸魚」がある。本来は棟木や桁が風雨にさらされるのを保護するものであったが、次第に装飾化が進んだ。
懸魚の中央には「六葉」という飾りが取り付けてある。その名のとおり、六枚の葉で構成された六角形の図柄である。懸魚は中国や韓国の木造寺院にも見られるが、六葉は日本固有の様式だ。信光寺では六葉の下に寺紋の笹竜胆が飾られている。  真っ白の漆喰壁に映える妻飾り、お寺参りの楽しみがまたひとつ増えたかな。

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(7) 庫裏広間の扁額

扁額

 信光寺の庫裏広間の正面に見慣れない文字の扁額が掲げてある。記号のような謎めいた文字だが、実はこれ、古代インドの文章語であるサンスクリットで『南無阿弥陀仏』の言語に当たる言葉が書かれている。
揮毫したのは高楠順次郎博士(1866〜1945)。高楠博士は広島県出身の仏教学者で、インド学・サンスクリット学の権威である。東京大学教授、東洋大学学長などを歴任。大正19年には文化勲章を受章している。このような偉大な学者の書がなぜこの小郡の地に?
実は大正12年、高楠博士は信光寺の本堂で講演をしておられるのだ。防長新聞の大正12年7月4日の記事に、「来る12日から16日まで小郡町信光寺で(浄土真宗の立教)開宗700年記念法要執行の為、東京帝国大学高楠博士並びに本願寺勧学鈴木和上の両講師を招聘して大講演会を開き、一般有志者の来聴を歓迎する由…」とある。おそらくこの時に揮毫していただいたものであろう。
前々住職玄澄師の時代、新幹線も飛行機もない時分に、はるばる東京から当時の日本を代表する仏教学者をご講師にお招きするとは、ただ頭を下げるしかない。87年前の大法要の光景に想いを致しつつ、このサンスクリットの扁額を見つめ直してみよう。

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(6) 庫裏玄関の梁・桁

庫裏玄関の梁・桁

タイトルにむずかしげな言葉がずらりと並んでしまった。まずはそれぞれの言葉の解説から始めよう。
庫裏は庫裡とも書き、浄土真宗ではご門徒さんの使われる門徒会館の役割を果たしている。
玄関はご承知の通り、家の正面の入り口を指すが、もともとは仏教語。玄妙な道に入る関門という意味で、奥深い仏教の教えに入る手始め、糸口のことだ。
この仏教語が禅寺の客殿に入る入り口を指すようになり、それが公家や武家の邸宅に、さらには庶民の住宅にも用いられるようになった。
さて、いよいよ信光寺の庫裏の玄関を入って、顔をぐいっと上に向けていただこう。
まず目に飛び込んでくるのが大きな梁と桁である。大きな庫裏の小屋組みをしっかりと支え続けること二百七十年。みごとな地松は生き続け、いまだ松脂を落とす。かまどの煙に燻されてますます強度を増してきた。くっきりと残る手斧の跡を眺めていると、当時の職人が黙々と働いている姿が彷彿としてくるようだ。
平成大修復の折、庫裏は新築した方が手っ取り早かったが、あえて修復にこだわったのは、この見事な梁と桁を次代に残したいが一心であった。かなりの難工事を、京都の木澤工務店の大工さんたちが見事に成し遂げられ、さらにガラス瓦の採光により一段と玄関の梁・桁の勇姿がよく見えるようになった。
木材の命と人間の匠の技の結晶を大切に護っていきたいものだ。

 

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(5) 前卓の六鳥彫

庫裏玄関の梁・桁

 お寺にお参りしたら、まず、ご本尊の阿弥陀さまにご挨拶。阿弥陀さまのお姿をしっかり拝しながら合掌、礼拝をすませ、再び視線を正面に向けてみよう。
お内陣の一番手前に、香炉、蝋燭立て、花瓶の三点がお供えしてある立派な台が目に入るだろう。これを前卓(まえじょく)といい、前面の六つの区画にそれぞれ美しい彫刻と彩色が施されている。何が彫られているのかって?実は、白鵠(びゃっこう)・孔雀(くじゃく)・鸚鵡(おうむ)・舎利(しゃり)・迦陵頻伽(かりょうびんが)・共命鳥(ぐみょうちょう)という極楽で美しい声で鳴いている六つの鳥の彫刻なのだ。
このお浄土の鳥は、阿弥陀さまが姿を変えられたもので、白鵠は日本の白鳥、孔雀と鸚鵡はよくご存知の鳥。舎利は九官鳥の類で人間のことばを暗誦するという。迦陵頻伽は殻の中にいるときから、美声で鳴く。共命鳥は、一身二頭の鳥で、片方が死ぬと片方も死ぬので、共命という名前がついている。極楽浄土では、このような鳥たちが昼夜六時、微妙和雅の声を出して仏さまのお徳を讃嘆している…と『阿弥陀経』にくわしく説かれている。
極楽浄土を再現したお内陣。中には上がれないが、しっかり近づいて、六鳥とご対面を。ただし、法要のときは打敷で隠れてしまうので、平常時にどうぞ。

 

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(4) 向拝口の補助手すり

向拝口の補助手すり

 信光寺の建物は300年ほど前に建立されたものでバリアフリーには程遠く、足の悪い方々にはまことに不自由をおかけしてしまっている。全面的にバリアフリーというわけにはいかないが、少しでもお参りしやすいようにと、第二期整備事業を請け負ってくださった福岡の堂宮大工・花元建設にお願いして、補助手すりの増設を試みた。
従来の建物に一切傷をつけないで補助手すりをつけてほしいという住職の無理難題を、花元社長は匠の技で見事に解決。釘一本使うことなく、手すりは階段にしっかりと固定されている。色調も合わせて、新しい手すりだけ浮き出ることなく、これまでの景観に自然に溶け込んでいる。しかも手でつかむ部分は八角形で滑りにくくする配慮もなされているのだ。
これからは、黒光りするほどにこの手すりをしっかりと活用して、お寺参りのご縁を重ねていただきたい。

 

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(3) 天 水 鉢

天水鉢

 日本は四季を通じて雨の多い国。本堂には美観上、樋をつけないことが多いが、それでは本堂の出入りには雨だれをまともに受けて、もう大変。前側だけは樋は必需品なのだ。
信光寺の本堂正面の屋根に降る雨は、樋を伝わって左右二ヶ所にある天水鉢に集められる。
この天水鉢は120㎝四方の徳山御影石造りで、平成大修復工事を機に新調された。モデルは蓮如上人ゆかりの滋賀県・福田寺様の天水鉢である。
ご門徒の野村石材有限会社が施工。あまりにも大きいため機械に入らず、石工さんがすべて手作業で加工され、しばらくは手に後遺症が残ったというほどの力の入れ方。 その仕上がりの見事さは、当時の設計監修の下村修先生(西本願寺阿弥陀堂昭和大修復の設計監修者)も舌を巻かれたほどだ。お蔭で本堂正面の景観がぐっとひき締まる。
そのままだと排水されてしまう雨水を、防火用水として天水鉢に貯めておく。環境問題に真剣に取り組む現今、先人の知恵に学ぶところが多い。
ご参詣の折には、本堂に入る前にちょっと足を止めて、天水鉢とじっくりご対面を!

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(2) 擬 宝 珠 (ぎぼし)

擬宝珠 (ぎぼし)


「ぎぼし」って、いったいなあに?
お寺の須弥壇(しゅみだん)や回廊のらんかん、あるいは橋のらんかんの柱の頭部についている丸い装飾金具、といえば、あっ、あのこと、と思い当たる方も多いだろう。
仏教伝来以来、寺院建築によく使われてきた飾りだ。信光寺では、本堂外縁の勾欄(こうらん)は長い間取りはずされたままになっていたが、平成大修復のおりに復元、立派な「ぎぼし」が取りつけられた。この「ぎぼし」の中には、住職の筆で本堂修復工事の工期の書き付けが納められている。
仏典には宝珠(ほうしゅ)とよばれる珠(たま)が登場。如意宝珠ともよばれ、思いのままにほしいものを出す珠で、病苦を除き、濁水を澄ませ、禍を断つ力をもっているといわれる。
丸い珠で頭がとがっており、左右から火焔が燃えあがっている形、この宝珠に似せてあるので擬宝珠(ぎぼうしゅ)と呼ばれ、それが「ぎぼし」になったということだ。
擬宝珠(ぎぼうしゅ)というユリ科の多年草があり、夏に淡紫色の花を咲かせる。またネギの花もこう呼ぶのだそうだ。
お参りになるとき、あらためてらんかんの「ぎぼし」をご覧になってはいかが?

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(1) 寺 号 額

寺号額

 信光寺ウォッチングのスタート! まずは山門をくぐってご本堂正面の階段を上がり、障子を開けて中へ入ろう。
さて、最初に目に入るものはものは何かな? お内陣側に目を向けてみると正面の障子の上方に金色に輝く大きな額があるのに気づくだろう。縦130cm・横210cmもある巨大なものだ。
「あれは何と書いてあるのですか?」とよく質問を受ける。右から「信光閣」。「閣」は草書体で読みにくいが「寺」と同じ意味だ。
この「信光閣」は、文久元年(1861年)、第13世住職・天應師が本願寺第21世廣如上人より賜ったもので、廣如上人のご親筆だ。このご親筆を木製の額に彫刻して漆・金箔で仕上げ、爾来、寺号額として今の場所に掲げてある。
平成6年、本堂大修復工事の折、130余年の歳月で痛みが激しかったので、きれいにお洗濯をし、新たに漆塗り・金箔押しの施工を加えて立派に修復され、ごらんのとおり燦然と輝く寺号額としてよみがえった。

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